(c.)Sumio Nakagawa

キケロ『アカテミカ前書』第二巻




訳・中 川 純 男

 I 1 ルキウス・ルクルス(1)の大きな才能と最善の知識にかけた熱意は、自由人にふさわしい高貴な学問の修得とあいまって、今こそ政界に花開くべきというとき、しかし、ローマでの仕事とは全く縁がなかった。というのも、まだ青年になったばかりのころに、目的と孝悌を共にする(2)と見事に父親のかたきを(3)討った後、アジアへ財務官として赴き、長年立派にこの属州を治めた。ついで、不在中造営官に選ばれ、さらに特別な法のおかげで若くして法務官に選任され、アフリカに赴き、さらに執政官となった。この職務を忠実に果たしたので、誰もがあらためてその能力を認めざるをえなかったのである。ついで、元老院により、ミトリダテス戦争(4)に派遣され、その才能について大方の予想を打ち破っただけでなく、前任者の栄誉にも勝った。 2 誰も指揮官としての手柄を期待していなかっただけに、これは驚くべきことであった。というのも、彼は青年時代には内政に携わり、ムレナがポントスで戦っている間はずっとアシアで財務官として平時を過していたからである。けれどもその並々ならぬ才能は経験という学びえぬ知識を必要とはしなかった。陸路海路、任地に赴く間、あるいは熟練者に問いただし、あるいは歴史の書物に目を通し、ローマを出発した時にはまったく軍事の素人であったにもかかわらず、アシアには将軍として到着した。ことがらそのものについて稀有の記憶を持っていたからである。ことばの記憶力(5)に関してはホルテンシウスのほうが優れていたが、実務にあたってはことばよりことがらの方が役に立つものであるだけに、ルクルスの記憶力の方が優れている。これは、ギリシアでの第一級の指導者(6)と認めるに誰も異存はないであろうテミストクレスが並外れていた能力で、テミストクレスは、当時やっと一般的になり始めていた記憶術を教えてやろうと申し出た人に(7)、自分が学びたいのはむしろ忘れる方法だと答えたと伝えられている。このように答えたのは思うに、見たこと聞いたことがことごとく記憶に留まってしまったためであろう。このような能力に加えてルクルスは、テミストクレスの軽蔑していた学問も身につけていた。このようなわけで、ちょうどわれわれが記録に残したいことを文字に書きつけるように、ルクルスは魂に刻み込んでいたのである。

 3 かくしてルクルスはあらゆる形の戦い、すなわち、白兵戦、攻防戦、海戦について、またそれぞれの戦闘に必要な武具や装備について心得た優れた指揮官であり、アレクサンドロス以後の王の中では最大の人物(8)が、彼こそいままで読んだことのある誰よりも優れた指揮官であると認めたほどなのである。彼はまた国制を定める知恵と正しく運営する公正さもそなえており、アシアでは今でもルクルスの制度を守り、その足跡をたどっているとも言えるのである。けれども、国家にとってたいへん利あることだったとしても、このような才能と徳がわたしにすれば、あまりに長く外国にあって、その姿はフォルムにも元老院にも見当たらなかった。しかも、ミトリダテス戦争に勝って帰国したとき、政敵の中傷にあって凱旋を通常の場合より三年も遅らせた(9)のである。じっさい、この栄ある勇士の戦車を町に迎え入れたのは当時執政官であったわたしなのだ。彼の助言と影響力がその当時の重大な難局(10)にあってどれほど有益であったか、もしそれを話そうとすれば、わたし自身のことを話すことにもなってしまう。けれども今はその時ではではない。だから、わたし自身の手柄を合わせ述べることになるよりむしろ、彼のため本来なら当然の証言も省くことにしよう。

 II 4 とはいえ広く賞賛に値するルクルスの手柄は、ギリシア語ラテン語の記録ですでに称えられている。われわれもそのような外に現れたことは多くの人々とともに認めるところであるし、もっと私的な側面は、少数の人々とともに、当人から直接認めることしばしばであった。じっさい、ルクルスは当人を知らない人が考えているよりずっと熱心に哲学をはじめ、さまざまな分野の書物を学んだのであるが、それも若年のころというだけではない。財務官になる前から、さらに軍務に忙殺されがちで、平服でいるときも将軍というものにはほとんど余暇のない戦争のさなかにも学び続けていたのである。哲学者たちの間では、フィロンの弟子アンティオコスが才能と知識とにおいて卓越しているとの評判であったので、財務官のとき、またやがて将軍となってからも、彼とつき合い、例の記憶力で、一度聞いただけでももちろん覚えることはできたであろうが、繰り返し聞いて容易に理解したのである。アンティオコスに聴講したことがらを記した書物を読むことはことのほか気に入っていた。

 5 けれどもルクルスのような人物の名誉を高めようとすることは、かえって貶めることになるのではないかと恐れる。じっさい、ギリシアの書物をまったく好まない人も多いのであって、哲学を嫌っている人はもっと多い。他の人々はこのような話題を拒否はしないとしても、しかし国家の指導者たるべき人物にふさわしいことではないと考えている。わたしもマルクス・カトがギリシアの書物を学んだのは老人になってからだとは聞いているが、しかし、プブリウス・アフリカヌスが戸口調査官になる前引き受けた使節のとき、一人パナイティオスだけが参謀であったというのは歴史上の事実である。ギリシアの書物や哲学の、これ以上の支持者は無用であろう。

 6 国家にとって重要な人物が哲学的な話題にとりつかれることを好まない人々にはこう答えなければならない。有名な人は黙って集い、黙って冗談を交わし、黙って軽い話題に興じなければならないとでも言うのか。じっさい、ある著作の中で哲学を称えたわたしのことばが正しければ、哲学をすることはそれこそ最高の人にふさわしいことなのだ。ローマの国民によりこの地位に置かれたわれわれが何よりもまず認めなければならないのは、私人として熱中することがあるあまり公共の仕事がおろそかになることである。だからこそわたしも職務に専念しなければならなかったときには、国家の会合から関心を反らせることはなかったばかりか、公務上の書類以外を執筆することはなかったのである。してみれば余暇にあって、われわれ自身を怠惰、鈍感にしようなどとは思っていないばかりか、多くの人々の役に立ちたいと努めていることを誰が咎めるだろうか。ここでわれわれが、広く知られた輝かしい名声に加えて、あまり知られていない栄誉を与えるならば、それはその人の栄光を減ずるどころか増し加えることになると思う。 7 わたしの著作の中で論じている人々はじっさいには、そこで論じているようなことについて、知ってはいなかったと言う人もある。そのようなひとは、生存している人どころか死者をも妬んでいるのだ。

 III 非難する人々にもう一種類ある。アカデミア派の立場を認めない人々である。もし誰かが自分の従っている学派の哲学しか認めないとすれば、これは何より耐えがたいことである。けれどもわれわれのやり方はそれと思われる人すべてを相手に論駁することであるから、われわれと意見を異にする人があっても止むをえないのだ。とはいえ、競争心を持たず、ただ真理をのみ発見したいと願い、このことをこそ何よりも心懸けているわれわれの立場の方が有利であろう。というのも認識はすべて多くの障害に妨げられており、これはことがらそのものの曖眛さとわれわれの判断の不確かさによるのであって、昔の賢者たちが、自分たちの欲するものを発見できるとは思っていなかったのももっともである。けれども、かといって彼らも力をおとすことはなかったし、われわれも探求の努力に倦むことはないであろう。われわれの議論の目的も、ことばを使ってふるいわけ、真か、真に一番近いことをいわば抽出することに他ならない。 8 われわれと、自分は知っていると考えている人々との違いは、彼らが自分たちの立場の真であることを疑っていないのに対して、われわれは多くの蓋然的なこと、つまり、従うことは容易だが断定するには困難なことしか持っていないという点である。けれどもこのことのゆえにわれわれの方が自由であり、柔軟であって、健全な判断力を保っていることにもなれば、誰かから指示されたことをなにもかも、あたかも命令の如くに守るよう強制されることがないのである。というのも、他の人たちはまず、何が最善であるか判断できる以前に拘束されており、まだ若年のころ友人の誰かに追随したり、初めて耳にした誰かの演説に捉えられて、未知のことがらを判断し、あたかも嵐に出会った人が岩にしがみつくように、その説に固執しているのである。

 9 自分たちが、賢者であると判断するその人を全面的に信じているのだという彼らの主張は、もしそのような判断が無学未開の者にも可能な判断であったのなら認めよう。けれども、誰が賢者であるかを決定することは、これこそ賢者にしかできないことであると思われる。もし、かりに彼らにそのような判断ができたとしても、それはあらゆることがらを学び、他の人々の見解を知った上でできるはずである。ところが、彼らはたった一度何かを聞いただけで、たった一人の人の説に身を寄せているのである。大多数の人々は、どういうわけか惑うことを選んで、自分の偏愛する学説を頑迷に防御し、どれが一番整合的な説であるかを囚われなく究めようとはしないのである。このようなことがらについて、われわれが論じ究明することはしばしばあったが、あるとき、バウリにあるホルテンシウスの別荘でカトゥルス、ルクルスとわれわれが、カトゥルスのところに滞在した翌日集まったときもそうであった。われわれが集まったのはまだ朝早い時であった。ルクルスはナポリへ、わたしはポンペイへ、風向きがよければ出帆する予定だったからである。回廊で僅かばかり立ち話をしたあと、われわれはそこに腰を下ろすことにした。

 V このように言うと、ふたたび始めて「そもそも君たちは、――とぼくを名指しで呼んで――昔の自然学者の名を挙げるとき、派閥争いの好きな市民が誰か昔の有名な人を引合いに出して、民衆に理解のある人物であったと言いつつ、自分もまた同類だと思われようとするのと同じことをしているように見える。王が追放されて後、最初の執政官となったプブリウス・ウァレリウスから始めて、執政官のときさまざまな求めに応じて民衆のための法を定めた他の者たちに言及し、もっと名の知られたガイウス・フラミニウス、第二ポエニ戦争の直前に護民官として元老院の反対を押して農地法を定め、後に二度執政官となったフラミニウスに至り、ルキウス・カッシウス、クィントゥス・ポンペイウスを挙げる。プブリウス・アフリカヌスがその中に含められるのも通常である。ふたりの得に有名で賢い兄弟、プブリウス・クラッススとプブリウス・スカエウォラはティベリウス・グラックスの法律の先生で、一方はわれわれも知るとおり公然の、他方は推測されているように陰の師である、と言う。さらにガイウス・マリウスも付け加えられるが、これも偽りとは言えまい。このように多くの有名な人々の名を並べて、自分たちはこの人々の制度を踏襲しているのだと言うのである。 14 これと同じように君たちも、彼らが国家をかき回そうとするのと同じく、君たちの方はすでにうまく治まっている哲学をかき乱そうとして、エンペドクレス、アナクサゴラス、デモクリトス、パルメニデス、クセノパネス、プラトン、さらにソクラテスまでも持ち出すのだ。けれども、わが家にとってもっとも手ごわい仇、サトゥルニヌスがこれら昔の人々とまったく似たところのないのと同じように、アルケシラスの頑固さは、デモクリトスの慎み深さと比べようもない。けれども、これらの自然学者たちは、何か困難な問題に膠着することがあっても、ときとして、狂っているようにぼくには見えるエンペドクレスを除くと、精神を煽られた者のように叫んで、 すべては隠されている、われわれは何も感覚することはできない、何も識別できない、何もどのようであるか見出すことはできないと言うことはなかった。しかしその大部分の人々は、というかぼくには皆そのように見えるのだが、あまりに多くを断言し、実際に知っている以上のことを知っていると主張しているようだ。 15 けれども、このように彼らが新しいことがらに、まるで生まれたばかりの子供のように夢中になったとしても、これほど長い時代に亙り、最高の知性と探求を費やして、明らかになったことは何もないと考えたものだろうか。すでに哲学者たちの荘重な教えが定まっているのに、そのときちょうどよく治められた町にティベリウス・グラックスが現れ、かき乱したのと同じように、アルケシラスは既成の哲学を倒壊させ、何も知られえない、捉えられないと主張した哲学者たちの権威に隠れたのであろうか。これらの哲学者から、プラトンとソクラテスは除かなければならない。プラトンは、完ぺきな教えを残したのであり、それはペリパトス派とアカデミア派である。名前は異なっているが、教えの内容は一致しており、これらとストア派との違いは、見解にあるというより、ことば使いのみである。ソクラテスは、議論の中で自分は退いた立場をとり、多くの見解を反駁しようとする相手のものとした。このように、言うことと考えていることとが異なり、ギリシア人がエイローネイアと呼ぶ知らないふりを好んで用いたのである。これはファンニウスによれば、アフリカヌスにもあったことで、ソクラテスもしていたことだから、悪いと見なしてはならない、と言う。

 VI 16 しかし、君さえよければ、昔はこのような問題は知られていなかったということにしておこう。では、何も新しいことは発見していないにもかかわらず、昔の人々をことばの上だけで修正したゼノンにアルケシラスが、普通認められているように、反対して、ゼノンの定義を無効にすべく、明白なことがらに闇を持ち込もうとして以後、探求されたこの問題は、何の実りももたらさなかったのであろうか。アルケシラスは、その鋭い頭脳と巧みな弁舌で定評のある人ではあったが、その論は当初、あまり認められることがなく、ただラキュデスの支持するだけであったが、後に、カルネアデスが完成することになる。カルネアデスはアルケシラスから四代目にあたる。というのもカルネアデスが学んだヘゲシヌスはエウァンドルスに学び、エウァンドルスはラキュデスの弟子であり、ラキュデスはアルケシラスの弟子だからである。カルネアデスは長く学頭を努めた。九十年も生きたからだ。彼の弟子もすでに有名となっていたが、そのなかでも学力のすぐれていたのはクリトマクスである。著作の多さがその証拠だ。しかし、能力にかけてはアエスキネスも引けをとらず、カルマデスは、雄弁にかけて、ロドスのメランティウスは甘いことばづかいですぐれていた。ストラトニコスの弟子メトロドロスはカルネアデスをよく知っていたと考えられている。 クリトマクスに長年、学んだのが君たちの親しいフィロンだ。そしてフィロンが生きている間は、アカデミアに擁護者がいたことになる。

・・・  以下不完全

VI,18  というのも、もしその思われがゼノンの定義したように、そこから由来するそのものから刻みこまれ型どられた思われであり、そこから由来しないものからはありえないようなものであるならば、何か捉えられうるようなものがあることを否定したのであるのに、ーーわれわれはこの点でゼノンの定義は正当であると主張する。というのも、偽でもありうるようなものが、どうして知覚され認知されていると確信できるような仕方で捉えられるであろうか――この論拠をフィロンが弱め捨て去ったとき、彼はまた知られえないものと知られうるものとの規準を捨て去ってしまった。その結果、何も捉えられないことになり、そして彼は不注意にももっとも行きたくなかったところへ行くことになった。だからぼくたちがアカデミア派の反駁を企てるこの話の全体は、フィロンの覆そうとしてあの定義を再び手にすることを目的としている。  19 では感覚からはじめよう。感覚の判定は明晰にして確実なので、もし われわれの本性に選択の機会が与えられ、いずれかの神が、自分の損なわれず 完全な感覚に満足しているか、それとももっとよい何かを求めるかと問うたと すれば、わたしとしてはさらに要求する何かがあるとは思わない。

 24 もし知恵が自分が知恵であるかないかを知らないならそもそもどうし て知恵の名を得ることができるだろうか。さらに、従うべき確実なことが何も ないのに、どのようにして何かを受け入れたり自信をもって行ったりすること ができるだろうか。それどころか何が最後の究極的な善であるか疑い、すべて がどこに関係づけられるか知らないならは、どうして知恵でありうるだろうか。 さらにまた、知恵が何か行為を始めるとき従う原理を確立し、この原理が自然 に適ったものでなければならないことは自明である。そうでなければ、欲求ー ーこれはホルメーのことだがーーこの欲求によってわれわれは行為に駆り立て られ、思われていることを求めるのであるのに、この欲求が動かされることは ありえないことになるではないか。 25 動かすものはまず思われ信じられ ていなければならないが、思われていることが偽から識別されないのであれば、 このことは不可能である。ところがもし思われていることが自然に適ったこと か適っていないことか捉えられていなければどうして精神が欲求へと動かされ ることがあるだろうか。同じく、何が自分の務めであるか思い浮かばなければ、 決して何かを行うことも、何かに駆り立てられることも、動かされることもな いであろう。もし何かをいつか行うとすれば、その人には思い浮かんだことが 真であると思われているのでなければならない。 26 さらにまた君の言う ことが真であれば生活の光りとも言うべき理性がすっかり無効になってしまう ということはどうだ。それでもなお君は固執するのだろうか。というのは、探 求の開始をもたらすのは論理である。論理が探求により確立されたとき徳を完 成するのである。ところが探求とは知ることへの欲求であり、探求の終わりは 発見である。誰も偽なることを発見することはないし、不確実なままのことは 発見されたことではありえない。いわば覆われていたことが開かれたときに発 見されたと言われるのである。このように探求の始まりと把握の完成は考えら れている。だからギリシア語でアポデイクシスと呼ばれる論証は、「捉えられ ていることから捉えられていないことへと向かう論理である」と定義されてい るのである。

 [IX] 27 もしすべての表象が彼らの言うように、偽でありうるかも しれず、またいかなるしるしもそれを識別することができないとすれば、いっ たいどのようにして何かを推論したり発見したと言うことができるだろうか、 またどうして推論に信頼をおくことができるだろうか。哲学は論理を使って展 開されなければならないのに、どこに出口を見つけることができるだろうか。 知恵はどうなるのか。知恵は自分自身について疑うことがあってはならないし 、自分の決断について疑うことがあってもならない。この知恵の決断を哲学者 はドグマと呼んでいるのであるが、それも犯罪を犯すことなしには諦めること はできないであろう。というのも決断を諦めるとき、真と正の法則を諦めるの であり、この悪事から友情とか国家を裏切ることも生じてくるのである。だか ら、知者の決断はいずれも偽ではありえないということを疑うわけにはゆかな い。いや偽ではないというだけではまだ不十分である。確固として定まり、い かなる論理も揺るがすことができないほどのものでなければならない。ところ がこの決断のもとになる表象はどれ一つとして偽と相違していないと主張する 人々の論理によればそのような決断は存在することも思われることもありえな い。

28  ここから、ホルテンシウスが要請したように、君たちは少なくとも何も捉え られないということは知者により捉えられていると言うことになる。けれども アンティパトルスがこの同じことを要請し、何も捉えられないと主張する人々 は、ただこのことだけは他のことが捉えられないためにも、捉えられていると 言うことが一貫したことであると言ったとき、カルネアデスが賢くも反論した。 それは一貫しているどころか、矛盾そのものであると言ったのである。彼によ れば、何も捉えられないと言う人は何も例外としない、例外がないのだからな にも捉えられないということさえ、把握され捉えられることは決してないとい うのである。  29 アンティオコスはこの点をさらに近づいて攻撃したように思われる。 アカデミア派は何も捉えられないということを教義ーーこれがドグマのことで あることは君たちもわかっていると思うがーーとしているのだから、この自分 たちの教義については他のことのように動揺してはならない。とくにここにア カデミア派の心髄は成立しているのだから。じっさい真偽の確立、知と無知と の確立こそ全哲学の規範であり、この論理は彼らも受け入れているのであり、 またどのような表象を受け入れどのような表象を斥けなければならないかを教 えようとしているのであるから、すべての真偽の判断の基となるこのことは少 なくとも捉えているのでなくてはならない。哲学における最大のことは真の判 断と善なる人の目的であり、知者が知の始まり、欲求の目的を知っていないと いうことはありえないし、どこから始め、どこへと至るべきかを知っていない ということもありえない。これらを疑わしいとして信頼をおかず不動としない ことは知恵を忌み嫌うことである。だから少なくとも一つのこと、何も捉えら れないということは捉えられていると主張することを彼らに要求しなければな らない。ともかく、彼らの意見全体の不整合については、そもそも何も認めな い人に意見がありうるとしてではあるが、十分語られたことにしようと思う。  34 しかしその表象の中に、偽との共通性が含まれているなら、いかなる 判定もありえない。共通のしるしにおいて特定のものを見て取ることはできな いからだ。しかしもし何も共通のものがないなら、わたしは手に入れようとし ていたものを獲得することになる。偽と思われることのないような仕方で真と わたしに思われることを求めていたのだからである。 第十六章 49 このように空しい視覚像のすべてに対してはアンティオコスも、じつに多くのことを語っているし、ただこの一つの問題だけで一日分の議論があった。しかしぼくも同じことをすべきであるとは思わない。語るのは要点だけにしなければならない。第一に非難されるべき点は、彼らが気まぐれな形式の問いを用いていることである。このような問い方はとうてい哲学において認められるものではない。何かをわずかずつ順番に付け加えたり引き去ったりする論法だ。ソリテスと彼らが呼んでいるのは、一粒ずつ増し加えられた麦が山となるからである。これはもちろん誤った気まぐれな問いである。

59 君たちはもし何も障害がなければ蓋然的なことに従うのだと言ってい るが、これは全く不合理な話した。まず第一に、偽が真から区別されていない のに、どうして妨げられないことがあるだろうか。第二に、偽と共通であるの にどのような真の規準があるだろうか。このようなわけで、必然的に例のエポ ケーすなわち同意の保留が生まれることになったのであり、カルネアデスにつ いて多くの人々の考えていることが正しいなら、アルケシラスのとったこの同 意の保留という立場の方がよかったのである。この二人が思ったように、何も 捉えられないならば、同意は廃止しなければならない。じっさい、知られてい ないことを認めることほど、こぼれやすい主張があるだろうか。ところが、カ ルネアデスは昨日も聞いたように、知者が憶測を持つ、すなわち誤りを犯すと 言うところまで逸脱してしまったのだ。しかしぼくとしては、知者が何も憶測 することはない、すなわち偽であるようなこと、知られていないことに同意す ることはないということに比べれば、まだすでに時間をかけて主張してきた、 何か把握されうるようなものがあるということの方が不確実だ。

 60 真実を発見するためにあらゆることについてあらゆる点で反論しなけ ればならないのだ、という主張が残っている。それなら、何を発見したのか見 せてもらいたいものだ。それは見せないことになっている、と言う。その奥義 はどのようなものなのか、なぜ君たちの見解を汚いものであるかのように隠す のか。われわれの説を聞く人が権威にではなく、理性に導かれるためだ。両方 に導かれたらどうなのか。それは悪いことではないだろう。ただ一つのこと、 捉えられるようなものは何もないということだけは隠していない。このことに ついては権威が有害ではないのか。わたしとしては、これこそ有害なことだと 思う。じっさいもしアルケシラスに、さらにそれ以上にカルネアデスに豊かな 知識と雄弁とがなかったとしたら、これほどおかしな偽りの説を明白自明と見 なして従うものが誰かいただろうか。

 XIX 61  以上が、アレクサンドリアにいたときのアンティオコスの説である。これか ら何年もたって、ぼくと一緒にシリアにいたとき、亡くなる少し前には、もっ と強くこのことを主張していた。

XX,66 知者がその力を最も発揮するのは捕まることのないよう、欺かれることのないよう注意して見張るときであると、アルケシラオスはゼノンに同意しつつ考えた。

 XXI,67  知者が何かに同意することがあるとすれば、思惑を持つこともあることにな る。ところが、知者が思惑を持つことは決してない。したがって、知者は何も のにも同意することはない。この結論をアルケシラスは認めた。第一、第二の 前提をともに肯定したからである。しかしカルネアデスは第二の前提を認めず、 知者も同意することがあるとした。したがって、知者も思惑を持つことがある ことになった。ぼくの思うに君はこの点を認めたくないのであろう。それはそ れで正しい。けれども第一の前提の方、すなわち知者がもし同意するとすれば 思惑を持つことになるという前提は、ストア派もストア派の同調者アンティオ コスも誤りであると言う。知者は真から偽を、捉えられるものから捉えられな いものを識別できるからであると言うのだ。

 72 まず君が最初に言ったことを見てみよう。われわれが昔の哲学者たち の名前を使うのは、革命を狙う者たちが昔の有名な、ただし民衆の味方であっ た人々の名を上げるのと似ている、と君は言う。彼らは良くないことをしてい ながら、良い人々と似ていると思われたかったのだ。しかしぼくたちの考えは、 君たちも高貴であったことを認める哲学者たちの見解と同じだ。アナコサゴラ スは雪が黒いと言った。もしぼくが同じことを言ったら君は我慢できるか。  76  以上で権威については十分としよう。君は、ぼくが、昔の哲学者たちの後、 多くの歳月を費やし、多くの才能ある人々が熱心に探求してきたのに真が発見 されたとは考えないのか、と聞いていた。何が発見されたかは、後で君の判断 を仰ぎながら見ることにしょう。それはそれとして、アルケシラスがゼノンと 争ったのは反対のためではなく、真を発見したいがためであったということは、 次のことから理解できる。 77 彼以前の哲学者たちの中では誰一人として、 人が憶測を持たないことができる、できるばかりではない、知者にとってはそ れが必然であるということを明言した者はなかった。それどころか口にした者 さえなかったのだ。しかしこの見解がアルケシラスにとっては真であるだけで なく、倫理的で知者にふさわしい見解であるように思われた。そこでおそらく、 ゼノンに、「知者が何も捉えることができず、しかも憶測を持つことは知者に ふさわしくないとすれば、どういうことになるのか」と尋ねたのだ。きっとゼ ノンは、「知者は憶測を持つことはない。なぜなら知者には捉えられることが あるからだ」と答えたにちがいない。「それは何か。」「思われである」とゼ ノンは答えただろう。「どのような思われか。」そこでゼノンは「存在するも のから、存在しているとおりに、刻まれ作り出された思われだ」と定義した。 そこでアルケシラスは「偽であるかもしれないのと同じような思われが真であ るとすればどうか」と聞いた。ここでゼノンは聡明にも、もし存在しているも のから、存在していないものからでもありうるような仕方で由来しうるような 思われであれば捉えることはできないということを見抜いた。アルケシラスは 定義に付加されたことを認めたが、それは正当なことである。なぜなら、偽が 捉えられることはないし、真もそれが偽であるかもしれないものと同じような ものであるなら、捉えられないからである。そしてこの議論を継続する形で、 偽なるものからは由来しえないような仕方で真のものから由来しうる思われは ないと教えたのである。

 78 これは現在まで続いている論点の一つだ。先の、知者は何ものにも同意しないであろうということは、この論争には関係ない。何も捉えられないが、しかし思惑を持つということは可能であり、これはカルネアデスの認めたと言われていることだ。ぼくとしては、フィロンやメトロドロスよりむしろクリトマコスを信じ、これがカルネアデスにより認められたというより、論じられたのであると考える。しかし、この問題は今は省こう。思惑とか把握とかを取り去るならば、一切の同意を差し控えることになるのであり、もし何も捉えられないということをぼくが明らかにするなら、君も知者が同意することは決してないと認めるであろう。

[XXV] 79 もし感覚も真を伝えないとすれば、いったい何が捉えられるだろうか。ルクルス、君はいったい誰に対して、共通の場で防御することになるのか。  83 しかし、論争を少しでも抑えるため、考えてもくれたまえ。いかに小さなことが争いの種となっていることか。問題の知られ、捉えられ、把握されるものは何もないと結論するための前提は四つある。その第一は、何か偽の表象が存在するということ、第二はそのような表象は捉えらることができないということ、第三に何ら異なるところのない表象の間ではあるものは捉えられるがあるものは捉えられないといったことはないということ、第四に感覚から得られた表象の場合、真であり、それと何の相違もなくしかも捉えられないような別の表象が並存することはないということ。これら四つの内、主要なのが第二と第三であることは誰もが認めている。第一のものはエピクロスが認めない。しかしいま論じている君たちは、それも認めている。だから争いは第四についてである。 84 もし双子のひとりプブリウス・セルウィリウスを見て、クイントゥスを見ていると思ったなら、捉ええない表象に陥っている。いかなるしるしによっても真が偽から区別されないからだ。じっさい、双子の兄弟とともに二度、執政官となったガイウス・コッタの場合も、区別が失われるなら、認知するにあたって、偽でありえないようなどのようなしるしを持っているであろうか。君は事物の中に、それほどの類似は存在しないと主張する。君は、強行に論陣を張るが、敵にするのは、手頃な連中だけだ。しかしそれではだめだ。少なくとも、そのように見られることは可能だからだ。感覚を欺いたとしよう。ただ一つだけでも類似が欺くなら、すべてが疑わしくされる。

 91  では理性によって捉えられることはどうか。論理学が真偽の裁判官、判定者 として考案されたと君たちは言う。どのような真偽の判定者、どのようなこと についての判定者なのか。幾何学において何が真、何が偽を論理学者が判断す るのか、文字の場合か、それとも音楽の場合に判断するのか。論理学者はこれ らを知っていないではないか。とすれば哲学の場合ということになる。太陽が どれだけの大きさかが論理学者の仕事なのか。最高善がどのようなものか、判 断する手がかりを何か持っているのか。いったい何を判断するのか。どのよう な結合、どのような選言が真か、なにがあいまいな言葉遣いでありなにか、何 から帰結するか、何が矛盾するかといったことを判断するのである。このよう なことを判断するとき論理学は自分について判断しているのである。しかしそ れ以上のことを約束していたではないか。このようなことを判断するだけでは 哲学の中の他の多くの問題を判断するには不十分である。  92ことがらの本性は境界についての認識をわれわれに一切与えることはない 95 ディアレクティカの基礎は、何であれ表明されたこと、これを彼らはアクシオーマと呼んでいるが、それは発話されたことにあたる――は、真であるか偽であるかいずれかであるということだ。ではどうか。次のことは真なのか偽なのか。「もし君が自分は嘘をついていると言い、それで真を言っているなら、君は嘘をついているのか、それとも真を言っているのか。」これは説明できないことであると君たちは主張している。

 97 しかしこれは彼らの最後に問題とすることであり、説明できないこと として省略するよう要求する。だれか護民官のところへでも行くがよかろう。 ぼくから例外を求めることは決してできないだろうから。じっさい、論理学を 全体として軽視し嘲笑しているエピクロスに「あすヘルマルクスは生きている か生きていないかいずれかである」といった仕方で口にされることが真である と認めるよう求めてはならない。論理学者は「であるかないかいずれか」とい うような選言は真であるのみか必然的であるとしているが、しかし、頭が悪い と責められているエピクロスの方がどれほど慎重か考えてくれたまえ。彼は言 う。「もしいずれか一方を必然的であると認めるなら、あすヘルマルコスが生 きているか生きていないかいずれかが必然的であることになる。けれども自然 の内にそのような必然性はない。」というわけで論理学者たち、すなわちアン ティオコスとストア派は彼と戦うことになるだろう。論理学全体を認めていな いのだから。反対のことがらの選言、反対と言うのは一方を肯定すれば他方を 否定することになるもののことだが、このような選言が偽でありうるのなら、 真であるものなどないのだ。 98 けれども、彼らの教えに従っているにす ぎないぼくと論争することが何かあるだろうか。このようなことがあるとカル ネアデスはいつも冗談で「もしわたしの推論が正しければ結構。もし間違って いればディオゲネスがお金を返してくれるだろう」と言っていた。

 [XXXIII]   このように蓋然性を導入し確立するとともに、障害を取り除き解放し自由に して何にも煩わされないようにすると、ルクルス、君の明証性は何の助けにも ならず倒されてしまっていることがわかるだろう。われわれの言う知者は君た ちの知者と同じ目で天地海を見、同じ感覚でそれぞれ他の感覚の対象とするこ とを感覚するだろう。今西風の吹き始めて紫に見えている海は、われわれの知 者にも同じように見えるだろうが、彼はけっして同意することはないだろう。 なぜならわれわれにも、たった今まで空の色に見えていたのであり、朝は灰色 であり、また日に照らされているところは白く波をたてており、すぐその回り のところとは違っているのであり、なぜこのようなことが起こるのか理由を説 明することはできたとしても、しかし、目に見られていることが真であると主 張することはできないであろう。

106 もしわれわれが何も捉えないとすればどうして記憶というものがあ るのだ。このように君は問う。しかしどうだろうか。捉えられた表象でなけれ ば記憶することはできないのだろうか。次のことはどうだ。偉大な数学者であ ったといわれるポリュアエヌスは、エピクロスに同意して幾何学の全体は偽で あると信じたのちは、それまで知っていたことを忘れたのではないか。ところ が偽であることは捉えられないというのが君たちの意見なのだ。もし記憶が捉 えられ把握されたことがらについてであるなら、人が記憶していることはすべ て把握され捉えられていることになる。ところが、偽は何一つとして把握され えないにもかかわらず、シロはエピクロスの教義をすべて記憶していた。とす れば、それらはすべて真であるということになる。たしかにこれはぼくの意見 だ。しかし君も、望まなくてもこの通りであると認めるか、記憶をぼくに委ね て把握され、捉えられていることが何もなくても記憶の余地はあると認めなけ ればならない。学問の場合はどうか。どのような学問か。知より推測を用いる ことを認めている学問あるいは、思われることのみに従い、君の言う真偽を判 断する方法を持っていない学問だ。  けれどもまだ二つ君の論点を照らす光が残っている。一つは、人が何にも同 意しないことは不可能であるとし、これを自明としたことだ。ぼくの判断では ストア派の指導者といってもいいパナエティウスは、彼以外のストア派が皆確 実であるとみなしていることについて、自分は疑っていると言った。すなわち、 占い、鳥占い、予言、夢、しるしなどが真であるということについて、自分は 同意を控えた。このようにパナエティウスが自分の先生たちの確実であるとし ていることについて、なしえたことをどうして知者が他のことについてもなす ことができないであろうか。それとも否認したり承認したりはできるけれども 疑うことはできないようなことが何かあるのだろうか。それとも君がソリテス の場合にできることを知者は他のことの場合に同じようなやり方で主張できな いのか、とくに同意することなく真に似たことに妨げられることなく従うこと ができるというのに。

108 もう一つの君の論点は、何ものにも同意しない場合に、何ごとにつ いても行為は成り立たないとしたことだ。まず、同意が成立することの場合を 見なければならない。ストア派は感覚そのものが同意であると言う。そして、 感覚には欲求が伴うから行為も伴い、もし表象が取り去られるなら、すべてが 取り去られると言うのだ。

 [XXXIV]   このことについては賛否両論が多く語られまた書かれている。しかし全体を 簡単に要約することができる。しかしぼくとしては、表象に反対し憶測に抵抗 し誤りやすい同意を控えることこそ最大の行為であると考える。そしてカルネ アデスによりヘラクレスの労苦が取り除かれたと書いているクリトマコスに同 意する。つまり、われわれの精神から、凶暴な獣にも似た同意、すなわち、憶 測と軽率が取り除かれたと言うのだ。しかし、このような立場から弁護しない としても、蓋然性に従う人が何にも妨げられることなく行為することを何が妨 げるであろうか。 109 彼が言う。認めていることさえ捉えることはでき ないとしていること、それ自体が妨げるであろう。そのことなら、君をだって、 航海したり、種を蒔いたり、妻を迎えたり、子供を作ったり、といった蓋然的 なことに従うより他ない多くの場合に妨げるであろう。  しかしながら君は何度も繰り返されては退けられた論を、アンティパトルス のようにではなく、君のことばを借りればもっと近付いて、言及した。じっさ いアンティパトルスが、何も把握できないと主張する人は、少なくともこのこ とは把握できると言うのが一貫していると言ったことで非難されたが、このこ とはアンティオコスには鈍く矛盾していると思われた。何かが把握されうると 言うのなら、何も把握されないということは適切ではないからである。このよ うな仕方ではむしろカルネアデスが非難されるべきであると考えたのだ。知者 の教義は把握され捉えられ知られていることでなければならないから、知者は 何も捉えられないという教義そのものは捉えられていると認めることになると いうのだ。知者が何も他の教義を持っておらず、教義なしにも生活を送ること はできるかのように。 110 けれども知者はあの蓋然的なことを捉えられ たものとして持っているのではないのとおなじように、何も捉えられないとい うことも捉えられたものとして持っているのではないのだ。というのも、もの この点で知のしるしを持っていたのであれば他の場合にもこれを用いたであろ うから。しかし知のしるしを持っていないから蓋然的なことを用いるのであり、 したがってだから、すべてを混乱させ、不確実にしてしまったと思われること を恐れる必要はない。じっさい、星の数が奇数であるか偶数であるか尋ねられ た場合と同じような仕方で、務めとか他の日常的な仕事について尋ねられた場 合に自分は知らないと答えるのではないのである。不確実なことの場合には蓋 然的ことは何もない。しかし、蓋然的なことがある場合には知者は何をすべき か、何を答えるべきかを持っているのである。

 111 ルクルス、君はアンティオコスのもう一つの非難も見逃さなかった。 もちろんこれは不思議なことではない。有名な論点だからね。アンティオコス がフィロンが一番混乱している点であると主張していた論点だ。つまり、一方 で偽の表象があり、他方でそれが真と何ら異ならないとしているが、前者は表 象の中に何らかの相違が見られるから認められたのであるのに、真なる表象が 偽なる表象と異ならないと言うとき先の理由を否定している。これは矛盾であ ると言うのだ。もしぼくたちが真を完全に取り去ってしまうのであれば、これ は矛盾であっただろう。しかしそうではない。ぼくたちは真も偽も識別してい る。しかしそれは蓋然性の内でのことであり、捉えられるしるしは持っていな いのだ。

113 捉えられうるものとは何か、と問おう。答えてくれるのはアリストテレスでもテオプラストスでもなく、ましてクセノクラテス、ポレモンではない。彼らより劣った人物が「偽であることのできないような真(visumの誤りの可能性がある。)のことである」と答える。しかしそのようなことは見いだされない。だからわたしは知られていないことに同意することになる。すなわち憶測を持つことになる。これはペリパトス派も古アカデミア派も認めていることだが、アンティオコスを始めとして君たちは認めない。アンティオコスはわたしに大きな影響を与えた人である。あるいはそれはわたしが彼を、彼がわたしを愛しているように愛しているからかもしれないし、あるいはわたしたちが知る限りの哲学者の中でアンティオコスが一番洗練されており、聡明であるとわたしが判断しているからかもしれない。わたしが彼に最初に尋ねることは、いったいどのような意味で、アンティオコスは自らがその一員であると公言するアカデミア派の一員であるのか、ということである。他のことはよいとして、今問題となっていることは、古アカデミア派あるいはペリパトス派のそもそも誰が言ったことなのか、偽であることのありえないような真のみが捉えられるということ、知者は何についても憶測を持つことはないということを誰が言ったのか。誰も言っていないことは明らかだ。このいずれもゼノン以前に大きな労力を費やして主張されたことはなかった。しかし、わたしはいずれも真であると考えるし、今たまたま考えているというのではなく、はっきりと承認する。  116 知恵は君たちの意見によっても、大多数の人々の意見によっても三 つの部分に分けられている。ではまず自然についてどのようなことが問題にな ってきたか見てみようか。いや、その前に見ることがある。誰であれ、そのこ とを自分は知っていると信じているほど誤りにとりつかれた者ががいるだろう か。推測に依存し、議論の中であちらこちらと引き回され、まったく必然的な 説得性を具えていない論理は問題にすまい。幾何学者たちは、自分たちは説得 するのではなく強制するのであり、自分たちの言うことすべて君たちに証明す ると言うだろう。彼らに、あの数学の出発点、それを認めることがなければ指 一本ぶんも進むことのできない出発点は問題にしないでおこう。点とはいかな る大きさも持たないものであるとか、面、いわば平面はまったく厚さがないと か、線には広がりがないとかといったことは問題にしないでおこう。このよう なことを真であると認め、知者に誓うよう求めるなら、アルキメデスが彼の見 ている前で、太陽は地球の何倍も大きいということを明らかにする計算を説明 するより以前に、誓うだろうか。もし誓うなら、神であると考えている太陽を 軽視することになるだろう。 117  126 ゼノンやその他ストア派の大多数はアイテールが最高の神であり、精神を備え、この精神によって万物が支配されていると考えた。  144  ゼノンもアンティオコスも君たちが何かを知っているとは認めない。「どうして、」と君は反論するだろう、「われわれは愚かな者でさえ多くのことを捉えることを弁護しているのだから。」 145 だがゼノンは知者以外の誰一人として何かを知っていることを否定する。このことをゼノンは身振りで表すことにしていた。というのは、まず指を開いた手を差し出して見せ、「表象とはこのようなものだ」と言い、次に少しばかり指を折り曲げて、「同意とはこのようなもの」と言い、さらに指をしっかり閉じて拳をつくり、「把握とはこれ」と言うのだ。この例えからカタレープシスというそれまではなかった呼び名をことがらに与えることにもなった。さらに左手を右手の拳に近づけて強く握りしめ「知とはこのようなもので、知者以外の誰も手に入れることはできない」と言った。しかし、誰が知者なのか、あるいは知者であったのかは彼らもまた言うことはなかった。 142  エピクロスは別のものであると言う。彼は規準をすべて感覚と事物についての知と快においたのである。